当協会は9月から8月までを年度としており、今回が今年度最後の更新である。また、代表理事によるコラムの月2回更新は今回が最後になる。その意味で、代表理事の私見として、2030年代以降を見越したリーガルテックの発展と弁護士業務について以下、簡単にまとめた。要するに、弁護士の業務は一定程度変化するが、人間がなお引き続き行うべき重要な業務があり、むしろ、AIによって支援を受けながら、弁護士業務は発展すると考える。
1 短期的影響と長期的影響
AI・リーガルテックはますます発展しており、弁護士業務に変革をもたらすと期待される。そして、この変革については、短期的影響と長期的影響があり得る。短期的、例えば、5年程度で生じる影響としては、リーガルテックが、契約レビュー、リサーチ、翻訳、ナレッジマネジメント(最近の類似する案件のデータの参照)等を支援するようになると想定される。しかし、誤りがあるため、人間のチェックが必須である。これに対し、長期的、例えば15年から20年程度を見越して生じ得る影響としては、「正解がある」分野、例えば、一般論のリサーチ、翻訳、3ヶ月以内の案件で最も類似するものの提示等ではリーガルテックの出力結果を信頼できる。しかし「正解がない」分野は残るだろう。
2 正解がある分野と正解がない分野
例えば、契約レビューの際に、「最近類似した案件で類似した文言を見たが、どういう文言だったか」「この条項について条文・判例・通説はどうなっていたか」「(英文の場合)日本語でどのような意味か」等を確認したいと考えることはあるところ、これは「正解」があり、リーガルテックが速やかに正しい回答を提示する時代が来る。しかし、弁護士の仕事は、そのような正解があるものだけではない。つまり、そのような正解がある情報を「参考情報」とした上で、その上でどういう文言にするか、具体的な取引の内容等を踏まえながら検討する。過去に類似した案件で特定の対応をしていても、本件との相違が重要な違いをもたらすと判断されれば、異なる対応をすべきであるところ、その判断には「正解」はない。
将来の弁護士像としては、正解がある分野については、リーガルテックの高度な支援を受けながら、まさに正解がない分野で活躍することが期待される。これまでは正解がある分野についても弁護士がリサーチ等を行わなければならず、そこに相当の時間を割いていたところ、リーガルテックの支援を受けることで、業務を効率化し、正解のない分野での業務に注力をすることができる。
「正解がない分野」の具体的な例としては、以下のようなものが挙げられる。
- 具体的事案に照らしてAIに尋ねるべき内容が何かを考える(依頼者と協力 してこれを考えるサポートをする)
- AIの提示する一般論を具体的事案に適用する
- コミュニケーション
- 意思決定
- ルール作り、組織体制作り
- 「この人」の意見が聞きたいと思われる
3 大規模事務所におけるリーガルテックの未来像
森・濱田松本法律事務所はHarvey社との*1、西村あさひ法律事務所は MNTSQ社とのパートナーシップ*2を公表している。ますます多くの大規模事務所は、自事務所の過去データをAIに学習させ、「過去事例を速やかかつスムーズに取り出せるようにする」「自事務所に特化した学習により、自事務所らしい表現をAIに実現させる」等、より高度なリーガルテックの便益の恩恵を受けることができる。しかし、いくらリーガルテックが高度になって「もし、過去の事例の修正を本件の文言と平仄を合わせて適用するとどのような修正になるか」を自事務所らしい表現で提示できるとしても、そもそも「この目の前の事例で過去の事例と同様の対応をするか」の判断等の正解がない分野では人間の弁護士が引き続き活躍する。
4 中小事務所におけるリーガルテックの未来像
多くのリーガルテックサービス提供企業は、法律分野のデータによってAIを学習させ、より法律家らしい表現をAIに実現させたり、一般的な雛形や、一般的な法律情報をスムーズに取り出すことができるようなサービスの開発を行っている。そこで、将来的には、中小事務所も、より高度なリーガルテックの便益の恩恵を受けることができる。
その場合、リーガルテックにより提供されるのは、(正確かつ豊富な)「一般論」であり、確かにそれは便利ではあるものの、その一般論を超えた「正解がない部分」、例えば、その一般論を具体的事案にどのように適用するか等は人間の弁護士が引き続き活躍する。
5 企業の法務部門におけるリーガルテックの未来像
企業の法務部門も、その規模に応じて、法律事務所と同様に「自社のデータに基づき自社に特化したリーガルテックを開発する」方向性か、又は「リーガルテックサービス提供企業の提供するリーガルテックを利用することで、法律分野のデータで学習したリーガルテックを利用する」方向性のいずれかが選択され、いずれにせよ、より高度なリーガルテックの便益の恩恵を受けることができる。
企業においては、組織体制づくり、組織としての意思決定等、正解がない分野が多い。そして、そのような正解のない分野では、AIの支援は受けるものの、インハウス弁護士を含む法務担当者が引き続き活躍する。
6 一般民事事務所におけるリーガルテックの未来像
一般民事事務所においては、一般民事業務における依頼者等とのコミュニケーションの重要性から、将来もコミュニケーションを含む「正解がない分野」が多く残ると考えられる。
もちろん、一部のコミュニケーションを「チャットボット」を通じて行う等、AIによる支援を受けることはあり得る。もっとも、それはあくまでも支援にとどまるのであって、少なくとも全ての依頼者とのコミュニケーションをAIに「丸投げ」することは想定されない。例えば、一般論について一般的な回答をするAIは出現するかもしれないが、完全にそれに依拠できるものではなく、個別具体的な事案においては弁護士の助力が必要である。むしろ、(AIの支援を前提に)人間らしいコミュニケーションを通じて依頼者の信頼を獲得できる弁護士がリーガルテック時代に活躍すると思われる。
7 企業法務事務所におけるリーガルテックの未来像
企業法務事務所においては、企業の法務担当者(インハウス弁護士を含む)と二人三脚で、リーガルテックを活用して様々な正解がない分野の案件を解決していくことになるだろう。
特定の案件をよりよく解決する上で、リーガルテックに何を尋ねるべきか、リーガルテックの回答を目の前の事案にどう適用するべきか等については、正解がない分野であって、法務担当者の持つその企業に関する知見や、弁護士の持つ法律や実務に関する知見等をお互いに持ち寄ることで、よりよくリーガルテックを活用し、正解がない目の前の案件に適切に対応していくことになるだろう。
8 インハウス弁護士におけるリーガルテックの未来像
企業内における組織体制づくり、組織としての意思決定等は、インハウス弁護士を含む企業の法務担当者が行う「正解がない」対応である。ここで、専門的な法律知識のうち一般論等で正解があれば、リーガルテックに聞く、個別具体的な当てはめ等の正解がないものは専門の弁護士に聞く等することで、必ずしも法律知識が豊富ではない法務担当者であっても、ある程度以上の対応をすることは可能である。
もっとも、インハウス弁護士等の法律知識が豊富で、かつ、企業の内情や意思決定プロセスを知っている者は、「ここは自分の知識を使ってリーガルテックの支援を受けながら自分で対応する」、「ここは専門の弁護士と一緒に対応する」等、具体的な案件の性質を踏まえながら最適な分業・協業体制を実現することが可能となる。
9 リーガルテックを「自分で」使う必要があるか
なお、リーガルテックを必ずしも弁護士が自分で使うことが必須ではないことを補足しておきたい。少なくとも長期的な未来像を想定すると、業務プロセスのどこかにリーガルテックは入るだろう。しかし、例えば「企業の依頼者がリーガルテックを使った上で、リーガルテックの結果を示し、その結果を参照しながら専門弁護士ならではのアドバイスを求める」とか「複数人の弁護士がいる法律事務所で、アソシエイト(イソ弁)がリーガルテックを使いながら成果物をドラフトし、パートナー(ボス弁)はその成果物をレビューする」といった形で、必ずしもリーガルテックを「自分で」使わないこともあり得ると考える。
*1: https://www.mhmjapan.com/ja/news/articles/2024/159.html
*2:https://www.mntsq.co.jp/news/press_na